院長紹介STAFF

院長メッセージ

最新の医療知識の獲得と技術の向上に取り組み、
患者さまの歯の健康に貢献します

吉野歯科医院のホームページをご覧いただき、ありがとうございます。院長の吉野宏幸です。

インプラント治療は失ってしまったご自身の歯に代わり、元の歯と同等の噛み心地を得られる治療法です。当院ではインプラントを長期に渡って快適にご使用いただけるように、まず徹底的な歯周病治療をさせていただきます。

もし、インプラントを支える骨の量が充分でなくても、当院では骨の再生医療や移植手術といった特殊な治療で対応することができます。

歯周病の認定医としての自覚と誇りを持って、患者さまの口内と全身的・精神的な健康につなげていくことが使命だと考えています。

院長・歯学博士
吉野 宏幸

院長プロフィール

略歴

1999年 国立広島大学卒業
東京医科歯科大学歯周病学分野入局
2003年 東京医科歯科大学歯周病学分野大学院卒業
よしの歯科医院開設
2006年 吉野歯科医院開設

所属学会

  • 日本歯周病学会(2006年専門医取得、2016年指導医取得)

モットー

~世界中の歯科医師を教育できる機関を作り、歯周病で苦しむ患者さんを世界中から減らすこと~

「歯周病に苦しむ患者さまを減らすこと」……このモットーを胸に日々治療に取り組んでいます。

日本だけでなく、世界中の歯科医師を教育する機関を作ることが目標です。

趣味

  • ウインドサーフィン
  • 読書
  • 音楽鑑賞

院長の生い立ち

両親と子供時代

ホームページをご覧の方に、院長の自己紹介として、私の生い立ちをお話したいと思います。

私は1974年3月、埼玉県川口市の芝で、当時開業したばかりの歯科医院の息子として生まれました。父が開業した「よしの歯科医院」は今でも芝にあります。自宅が近かったので、診療中の医院に立ち寄ることもありました。そのとき垣間見た多くの患者さまに感謝される父の姿が幼心に誇らしく、私も歯科医師を志すようになりました。

また父は技工物も一部自分で製作していたので、鋳造(川口市のシンボルでもある金属の流し込み作業)や石膏の流し込みを、診療後の夜に見せてもらうのが楽しかったことを覚えています。

そんな父は親としては非常に厳しく、幼少期にはよく怒られて泣いていました。厳しいしつけのおかげでメンタルが鍛えられたなと、成人してからは感謝しています。

一方、母はとても優しく、父に怒られた私をよくフォローしてくれました。バランスのとれた父と母でした。

両親は当時としては贅沢だった海外旅行に、何度も連れて行ってくれました。おかげで小学生の頃から海外への興味が自然と持てました。現在、海外の文献で新しい治療技術を学ぶことにストレスなく取り組める素地を作ってくれたのは、間違いなく両親です。

中学高校時代

中学校と高校は、都内の男子校でした。池袋に近い学校だったので、勉強を妨げるような誘惑に負けることも多々ありました。ただ、この頃覚えた遊びは、大学生活や社会人生活にも大きく影響したので、今となっては良かったと思う経験です。

誘惑には溺れすぎることもなく、念願の歯学部に無事合格することができました。

大学時代

大学時代には、人生が大きく変わる4つの出会いと経験がありました。

1つ目は、ウインドサーフィン。

現在でも趣味としているウインドサーフィンでは、オリンピック選手や全日本代表選手との合宿なども経験しました。世界レベルで競技に参加する意識は、歯科医師になってからも海外の文献で勉強を続ける姿勢につながっています。日本の中だけを見ていても技術は上がらない、というスポーツの世界での経験が、現在の私の核になる部分を作ってくれました。

また後輩の育成の楽しさを知ったのもクラブでの経験からでした。自分の育てた後輩が全日本の上位選手になった喜びは、後輩ドクターの育成に取り組むきっかけになっています。

2つ目の経験は、父を20歳でなくしたことです。

父の跡を継ぐつもりだった自分の将来像は、このとき完全に崩れました。父親をなくしたこと自体もショックなうえに、しばらくは先が見えない不安でいっぱいでした。全て自分でやっていかなくてはならない、自立していかなければいけないという重圧が大きくのしかかりました。

しかしこの経験も、20歳にして5年後、10年後、20年後の人生設計を明確に自分自身で考えるきっかけになり、今となっては大切なことを学べたのだと受け止めています。

3つ目は、親友との出会いです。

大学1、2年生の頃は遊びに夢中だった私に、読書を勧めてくれたのは親友でした。クラブの運営や後輩の指導の仕方をディスカッションしたり、将来の夢を語り合ったりしたことが、今の自分の大きな支えになっています。

4つ目は、目指す道が見つかったこと。

大学の先輩にあたる当時若手で頭角を現していた先生の講演で、歯周病とインプラントに関する素晴らしいお話を聞いたときに「これが自分のやるべき道だ!」と、将来の光が見えたような気持ちになりました。

歯周病とインプラントを中心に治療や研究をするきっかけになった、大切な出会いでした。

歯科医師になって

大学卒業後は、東京医科歯科大学歯周病分野に大学院生として4年間在籍し、治療と研究に取り組みました。大学生の頃に明確に定まった目標に向かって、迷いなくいろいろなことを学ぶことができました。

現在も私を指導してくださっている、吉野敏明先生や土岡弘明先生と毎週ディスカッションさせていただいた日々は、歯科医師としての私の礎になっています。

また現在も一緒に勉強している仲間や後輩とも、この頃に多く出会いました。東京医科歯科大学の大学病院には、全国から熱い思いを持った歯科医師が多数集まっていて、そこで若い時期にさまざまな議論をし合えたことが、その後の歯科医師人生にも大きく影響しています。

開業

大学院卒業後、父が亡くなってから数年にわたって別の歯科医師に貸していた川口市芝の「よしの歯科医院」を、リニューアルして新たに開業しました。開業してからは、それまで勉強してきた知識を還元したい、患者さんに歯周病という病気は必ず治ることをしっかり説明したいという一心で、日曜日も大晦日も診療し、毎日深夜すぎまで診療所にいる毎日でした。

文字にすると凄まじい生活のように思えますが、毎日後輩ドクターが一緒に付き合ってくれたおかげで、辛いと思ったことは一度もありませんでした。治療中の患者さんの写真やレントゲンなどの診療記録を整理したり、技工をしたりするのが楽しくて仕方ない日々でした。

開業から2年間が過ぎ、学生の頃から憧れていた大学の先輩である師匠に近況を報告したところ、もっと多くの患者さまと接し、多くの後輩を指導できる大きな規模の医院を作るようアドバイスをいただき、現在の吉野歯科医院を川口駅近くに新たに開業しました。

当時の私には、この規模は荷が重く感じましたが、師匠の言葉を信じ毎日診療していると、むしろもう少し大きな規模で診療すべきだと、感じるほどになりました。

人生の大きな岐路において2度も道を示してくれた先生は、現在世界的にも通用するドクターとして活躍しています。

私もそんなドクターになるべく、今後も努力していこうと心に決めています。

現在の医院の方針